上田医院(千葉県市川市)では、高血圧の診療・生活習慣のご相談を行っています。「薬をずっと飲み続けるのが不安」「本当にこの薬が必要なのか」——そんなお悩みにも丁寧にお答えします。
高血圧とは、血管の中を流れる血液が血管壁に与える圧力(血圧)が慢性的に高い状態をいいます。自覚症状がほとんどないため「サイレントキラー(静かな殺し屋)」とも呼ばれ、放置すると動脈硬化が進行し、脳卒中や心筋梗塞、腎臓病などのリスクが高まるとされています。
日本では成人のおよそ3人に1人が高血圧に該当するとされ、国民病ともいわれています。高血圧の約9割は原因を一つに特定できない「本態性高血圧」で、遺伝的な体質に加えて、塩分のとりすぎ・運動不足・肥満・ストレス・加齢などの生活習慣が複合的に関わっています。
高血圧の診断基準は、診察室で測った血圧が140/90 mmHg以上、家庭で測った血圧が135/85 mmHg以上です。この基準自体は2025年のガイドライン改訂(JSH2025)でも変更されていません。
一方、治療の目標値(降圧目標)は2025年に大きく見直され、年齢や合併症に関わらず原則として統一されました。
| 診察室血圧 | 家庭血圧 | |
|---|---|---|
| 診断基準(高血圧) | 140/90 mmHg以上 | 135/85 mmHg以上 |
| 降圧目標(2025年〜) | 130/80 mmHg未満 | 125/75 mmHg未満 |
※75歳以上の方やフレイル(虚弱)傾向のある方などは、個別に目標を調整する場合があります(後述)。
病院で測ると緊張から血圧が高く出る「白衣高血圧」や、逆に病院では正常なのに家では高い「仮面高血圧」があります。2025年のガイドラインでも、家庭での血圧測定の重要性がこれまで以上に強調されています。
朝(起床後1時間以内・排尿後・朝食前)と夜(就寝前)に、座った状態で1〜2分安静にしてから測定するのが基本です。
「家で血圧を測ったら180/100が出て、怖くなって来ました」——当院にもこうした方がよくいらっしゃいます。お気持ちはよくわかります。しかし、まず落ち着いて聞いてください。
血圧というのは一日の中で常に変動しています。トイレを我慢しているとき、寒い部屋にいたとき、階段を上がった直後、イライラしたとき——こうした場面で収縮期血圧が30〜40 mmHgくらい上がることは珍しくありません。しかも「高い数字を見て不安になる→もう一回測る→もっと上がる」という方もいらっしゃいます。血圧計と「にらめっこ」を始めると、数字はどんどん上がってしまうのです。
大切なのは、一番高かった数字ではなく、条件を揃えて測った「平均値」です。朝と夜、座って1〜2分安静にしてから測る。それを数日〜2週間続けたときの平均が、その方の「本当の血圧」です。国際的なガイドラインでも、1回の測定値だけで高血圧を診断すべきではないとされています。
もちろん、正しい条件で測っても繰り返し160〜180台が出るようでしたら、一度ご相談ください。その方に本当に薬が必要なのか、生活習慣の見直しで十分なのか、一緒に考えましょう。
また、強い頭痛・胸の痛み・息切れ・急に目が見えにくくなるといった症状がある場合は、血圧の数字に関わらず、すぐに受診してください。
家庭血圧の正しい測り方(ガイドライン推奨)
・朝:起床後1時間以内、排尿後、朝食前、お薬を飲む前に
・夜:就寝前(入浴直後は避ける)
・座った状態で1〜2分安静にしてから測定
・1回の測定で2回測り、その平均を記録
・数日〜2週間続けた平均値が「本当の血圧」です
・一番高かった数字ではなく、平均で判断しましょう
ただし、当院ではもう少し踏み込んだアドバイスをしています。ガイドラインでは「1〜2分の安静」と言いますが、正直なところ、それでは血圧が落ち着ききらない方も多い印象です。できれば5分くらい、ゆっくり座って深呼吸してから測ってみてください。そして、体調が良い日にリラックスして測った値——それがあなたの「本来の血圧」に一番近い数字だと私は考えています。ストレスや寝不足の日の高い値を拾って平均を上げるより、「自分の血圧は落ち着けばここまで下がる」という底値を知ることのほうが、よほど意味があると思います。
高血圧の治療は、薬をいきなり処方することがすべてではありません。まずは生活習慣の見直しが基本です。減塩、適度な運動(ウォーキングなど有酸素運動)、適正体重の維持、禁煙、節酒、十分な睡眠——こうした取り組みの積み重ねで血圧が改善する方も少なくありません。
生活習慣の改善だけでは血圧が十分に下がらない場合に、降圧薬(血圧を下げるお薬)が処方されます。現在の降圧薬は種類も多く、副作用が比較的少ないものがほとんどです。合わない薬があっても、別の薬に変更することで対応できることがほとんどです。
「薬を飲み始めたらやめられない」は誤解です。
血圧の薬に依存性はありません。薬をやめれば元の血圧に戻るだけです。生活習慣の改善によって血圧が安定すれば、医師と相談のうえ減薬や休薬が可能なこともあります。ただし、自己判断で急にやめることは危険ですので、必ず主治医にご相談ください。
2025年、日本高血圧学会は6年ぶりにガイドラインを改訂し(JSH2025)、降圧目標を「年齢・合併症に関わらず原則として130/80 mmHg未満」に統一しました。これは大きな変更であり、多くの患者さんにとって影響のある話です。
では、この「全員130未満」の根拠はどこにあるのでしょうか。そして、そのデータを冷静に読むと何が見えてくるのか。ここでは、ガイドラインが拠り所としている臨床試験と、それに対して異なる見解を示しているコクランレビューの両方を見ていきます。
JSH2025が130/80未満を支持する主な根拠は、以下の4つの大規模ランダム化比較試験(RCT)です。
| 試験名 | 発表年 | 対象 | 比較 | 主な結果 |
|---|---|---|---|---|
| SPRINT | 2015 | 50歳以上・高リスク・糖尿病なし(米国、9,361人) | <120 vs <140 | 心血管イベント25%減、総死亡27%減1) |
| STEP | 2021 | 60-80歳・高血圧(中国、8,511人) | 110-130 vs 130-150 | 心血管イベント26%減2) |
| ESPRIT | 2024 | 高リスク±糖尿病±脳卒中既往(中国、11,255人) | <120 vs <140 | 心血管イベント12%減3) |
| BPROAD | 2025 | 2型糖尿病(中国、12,821人) | <120 vs <140 | 心血管イベント21%減4) |
いずれも収縮期血圧を120 mmHg前後まで積極的に下げた群で、心血管イベント(脳卒中・心筋梗塞・心不全など)が有意に減少しています。
しかし、ここで立ち止まって考えたいことがいくつかあります。
上の4試験はすべて、「血圧を140に下げた人」と「さらに120まで下げた人」を比較しています。つまり、すでに治療を受けている人同士の比較です。
参加者の多くはベースラインですでに降圧薬を服用中で、平均年齢は60代後半。つまり、長年にわたって高血圧を抱え、動脈硬化がある程度進んだ方たちの中での試験です。「健診で初めて血圧が高いと指摘された」段階の方に、このデータをそのまま当てはめるのは早計です。
では「そもそも薬を飲むべきか、飲まないべきか」の答えはどこにあるのか。それを教えてくれるのが、次のデータです。
テレビや健康記事では「脳卒中リスクが30%減少!」といった数字がよく出てきます。しかし、この「30%」は相対リスク減少(RRR)と呼ばれるもので、「もともとのリスクに対して何割減ったか」という数字です。
一方、「実際に何人中何人が助かるか」を示すのが絶対リスク減少(ARR)です。治療を受けるかどうかを判断するには、こちらのほうがずっと実感に近い数字です。
例えばこういうことです。
1000人中20人が脳卒中になるグループで、治療により14人に減ったとします。相対リスク減少(RRR)は「30%減!」ですが、絶対リスク減少(ARR)は1000人中6人分、つまり0.6%です。同じことを言っていますが、印象がかなり違いますね。
世界中の大規模臨床試験(11試験・約67,000人、大半がプラセボ対照試験)を統合したBPLTTCの個人データメタ解析(Sundström 2014)では、降圧治療を5年間続けた場合に、1000人あたり何人の心血管イベント(脳卒中・心筋梗塞など)を予防できるかを、もともとの心血管リスク別に報告しています5)。
| リスク帯 | コントロール群の5年イベント率 | 群間BP差 | RR | ARR(5年) | 1000人あたり |
|---|---|---|---|---|---|
| 低リスク(<11%) | 6.5% | 4.6 mmHg | 0.82 | 1.4% | 14人予防 |
| 中リスク(11-15%) | 13.2% | 6.0 mmHg | 0.85 | 2.0% | 20人予防 |
| 高リスク(15-21%) | 20.6% | 7.1 mmHg | 0.87 | 2.4% | 24人予防 |
| 最高リスク(>21%) | 24.8% | 5.9 mmHg | 0.85 | 3.8% | 38人予防 |
出典:Sundström J, et al. Lancet. 2014;384:591-598(Table, Figure 2より)
※リスク分類は本研究の独自予測式による。年齢・血圧・既往歴・糖尿病の有無などの複数の要因から算出。
※コントロール群=プラセボまたは控えめな治療。治療群=降圧薬またはより積極的な治療。大半はプラセボ対照試験。全体の平均血圧差は収縮期5.4/拡張期3.1 mmHg。
もともと心血管リスクが低い方であれば、5年間薬を飲み続けても、脳卒中や心筋梗塞を防げるのは1000人中14人。残りの986人にとっては、薬を飲んでも結果は変わらなかったことになります。
一方、最もリスクの高い方は5年間で1000人中38人——つまり約26人に1人の割合でイベントを予防できる計算になり、治療の恩恵が大きくなります。
すでに心筋梗塞や脳卒中を経験した方は、既往自体が最大のリスク要因となるため、上の表では「高リスク」以上に該当することがほとんどです。糖尿病のある方も、年齢や他のリスク要因によりますが「中リスク」以上に入ることが多くなります。
実際の臨床試験のデータからも、この推定は裏づけられています。各試験のコントロール群(標準治療群)のイベント率とRRRから、「さらに積極的に下げた場合の上乗せ効果」としてのARRを直接算出できます。
| 試験(対象集団) | コントロール群の5年イベント率 | RRR | ARR概算(5年) | 5年NNT |
|---|---|---|---|---|
| SPRINT(高リスク・糖尿病なし) | 約10.9% | 25% | 約2.7% | 約37人 |
| STEP(60-80歳) | 約7.0% | 26% | 約1.8% | 約56人 |
| ESPRIT(高リスク±DM±脳卒中) | 約16.3% | 12% | 約2.0% | 約51人 |
| BPROAD(糖尿病) | 約10.5% | 21% | 約2.2% | 約45人 |
※コントロール群のイベント率は各論文の報告値から5年に概算。NNT=1人のイベントを防ぐために何人の治療が必要か。
※これらは「すでに140前後に下げている人を、さらに120前後まで下げた場合」の上乗せ効果であり、Sundström 2014の「薬 vs プラセボ」とは比較の構造が異なります。
両方を合わせて読むと、全体像はこうなります。高リスクの方が薬を飲むこと自体には意味があり(Sundström 2014)、さらに積極的に下げればイベントはもう一段減る(SPRINT等)。ただし、その「もう一段」の上乗せ効果が総死亡まで減らすかどうかは、次に紹介するコクランレビューとの間で見解が分かれています。
ガイドラインとは別に、エビデンスの質を最も厳格に評価する組織として知られるコクラン(Cochrane)は、高血圧の降圧目標について複数のレビューを発表しています。その結論は、ガイドラインとは異なる慎重なものです。
●心血管疾患の既往がある高血圧患者に対する降圧目標(Saiz 2022、7 RCT、9,595人)9)
低い目標(≤135/85 mmHg)と標準目標(140-160/90-100 mmHg)を比較。SPRINTを含めて解析しても、総死亡に差なし(RR 1.05)、心血管死亡にも差なし(RR 1.03)。結論として「より厳格な目標が有益という十分な根拠は現時点でない」。
●一般の高血圧患者に対する降圧目標(Arguedas 2020)10)
「135/85以下の目標が標準目標より死亡や心血管イベントを減らすという証拠は見つからなかった」。「低ければ低いほどよい」という考え方に疑問を呈した。
●軽症高血圧(140-159/90-99)で既往歴のない成人(Wang 2025、5 RCT、9,124人)11)
総死亡に差なし(RR 0.85、95%CI 0.63-1.15)。脳卒中は減る可能性はあるものの、有害事象による脱落が増加(RR 4.82)。結論として「軽症高血圧への薬物療法の利益は不明確」。
同じデータを見ているのに、なぜ結論が異なるのか。これは「どこまで確実なら推奨するか」という閾値の違いです。
コクランは、盲検化されていない試験(患者も医師も治療群を知っている試験)のエビデンスの質を割り引きます。降圧試験では薬の用量調整が必要なため二重盲検は事実上不可能ですが、コクランはそれでも「バイアスのリスクあり」として評価を下げます。また、Arguedas 2020やSaiz 2022のコクランレビューは、STEP(2021年)・ESPRIT(2024年)・BPROAD(2025年)の結果を含んでいません。これら3試験を加えた場合に結論が変わるかどうかは、今後のコクランの更新を待つ必要があります。
一方、JSH2025は「オープンラベルはこの分野では避けられない。それを差し引いても結果は臨床的に意味がある」という立場で推奨に踏み切っています。加えて、国民の血圧管理率を上げるために「シンプルでわかりやすいメッセージ」を重視した、という政策的な判断もあります。
どちらが間違いというよりも、コクランは「害を避けることを重視」し、ガイドラインは「行動を促すことを重視」しているのです。
ガイドラインは「75歳以上も原則130/80未満」としていますが、注意すべきデータがあります。
フランスとイタリアの介護施設に入居する80歳以上の高齢者1,127人を2年間追跡したPARTAGE研究では、2剤以上の降圧薬で収縮期血圧が130 mmHg未満に下がっていた群は、他の群に比べて死亡率が約80%高いという結果でした(調整ハザード比 1.78、95%CI 1.34-2.37)6)。
また、米国の長期介護施設の退役軍人12,644人を対象とした2024年の観察研究(後ろ向きコホート研究)では、降圧薬を減薬した群のほうが認知機能の低下が抑制されたことが報告されています7)。ただし、これはRCTではなく、減薬された患者と継続された患者の間には背景因子の違いがありえます。「減薬したから認知機能が保たれた」とまでは言い切れないものの、過剰な降圧が高齢者の認知機能に悪影響を及ぼしうるという仮説を支持するデータとして注目されています。
SPRINT試験の75歳以上サブグループでは心血管イベントの減少が示されましたが(HR 0.67)8)、SPRINTに参加できたのは自力で通院できるレベルの元気な高齢者であり、介護施設入居者やフレイルの強い方は含まれていません。
JSH2025自身も、75歳以上を日常生活動作(ADL)に基づいて4段階に分類しています。
| カテゴリー | 状態 | 降圧目標 |
|---|---|---|
| カテゴリー1(健常〜フレイル) | 自力で外来通院可能 | 130/80 mmHg未満(一般と同じ) |
| カテゴリー2(フレイル〜要介護軽度) | 外来通院に介助が必要 | 収縮期140 mmHg未満 |
| カテゴリー3(要介護) | 包括的介護が必要 | 収縮期150 mmHg未満 |
| カテゴリー4(看取り段階) | エンド・オブ・ライフ | 個別対応(減薬・中止も検討) |
出典:JSH2025 表10-4(p.151)/日本老年医学会・日本高血圧学会 合同ステートメント
「全員130未満」は原則であって、すべての人に当てはまるわけではないのです。
観察研究では「血圧が低い人ほど心血管イベントが少ない」というデータが一貫して示されています。しかし、これは「もともと血圧が低い人」の話であって、「薬で数字を下げた人」の話ではありません。
もともと血圧が低い人は、血管が若い、生活習慣が良い、遺伝的に恵まれている——など、血圧以外の要因も良好であることが多いのです。薬はあくまで血圧の「数字」を下げるだけであり、血管の若さや生活習慣の質までは取り戻せません。
RCT(Sundström 2014やSPRINT等)は「薬で下げた効果」を見ているので、この問題を一定程度クリアしています。しかし、「数字だけ追って薬を増やせばいい」というのは乱暴な話です。下げれば下げるほどリスクが直線的に減り続けるわけではなく、下げすぎれば臓器への血流が不足して害が出ます(前述のPARTAGE研究がその一例です)。
このデータをどう読むか。
「たった数%」と見るか、「1000人に何十人かの命を救う」と見るかは、その方の価値観によります。大切なのは、こうした数字を知ったうえで、ご自身にとって治療が本当に必要かどうかを主治医と一緒に考えることです。当院ではこうしたデータもお伝えしながら、一人ひとりに合った判断をお手伝いしています。
ここまでのデータを整理すると、一つの重要なパターンが浮かび上がります。
Sundström 2014の解析に含まれた試験では、治療群とコントロール群の平均血圧差は収縮期約5 mmHg(リスク帯により4.6〜7.1 mmHg)であり、この控えめな降圧でリスク帯に応じて1000人中14〜38人/5年の心血管イベント予防が達成されています。一方、SPRINT等では15〜20 mmHgもの差をつけたにもかかわらず、上乗せのARRは1.8〜2.7%とそれと同程度かやや小さい。
つまり、最初の控えめな降圧で恩恵の大部分はすでに得られていて、そこから先を攻めても上乗せの見返りは小さくなっていく——降圧治療には「収穫逓減」があるのです。しかもコクランレビュー(Saiz 2022)は、厳格な目標まで攻めても総死亡は減らないと結論づけています。
これらのエビデンスを総合すると、血圧のレベルとリスクに応じた対応は以下のように整理できます。
| 血圧レベル | リスク | エビデンスの質 | 最も効率的な対応 |
|---|---|---|---|
| 160/100 mmHg以上 | 高い | 確実(コクラン確認済み、ARR約4%/5年) | 控えめな降圧でも恩恵が大きい。薬の意味が最も明確な集団 |
| 140-159/90-99(既往・糖尿病あり) | 高い | ガイドラインは推奨、コクランは懐疑的 | 控えめな降圧の恩恵はありそう。厳格に120まで攻める上乗せ効果は不明確 |
| 140-159/90-99(既往なし) | 低〜中 | 不明確(コクラン:利益は不明確) | まず生活習慣改善。薬の恩恵と有害事象が拮抗 |
| 130-139/80-89(高値血圧) | 低い | エビデンスに乏しい | 生活習慣改善が基本。薬の適応は乏しい |
※「控えめな降圧」=Sundström 2014の解析では、治療群とコントロール群の平均血圧差は収縮期約5 mmHg(リスク帯により4.6〜7.1 mmHg)でした。実臨床では1剤でも10 mmHg以上下がることは珍しくありませんが、ここでのポイントは、「わずかな血圧差でも心血管イベントの予防効果が認められた」ということであり、2剤3剤で120まで追い込む「厳格降圧」とは区別して考える必要があります。
ここから見えてくるのは、「血圧が高いほど最初の一歩の恩恵が大きく、そこから先を攻めるほど見返りは小さくなる」という構造です。逆に言えば、薬を使うとしても控えめな降圧で恩恵の大部分は得られている可能性が高い、ということです。
「血圧の薬を一度飲み始めたら、一生やめられないんでしょう?」
外来でもっとも多いご質問の一つです。お気持ちはよくわかります。しかし、これは正確ではありません。
血圧の薬というのは、風邪薬のように「飲んだら治る」というものではなく、飲んでいる間だけ血圧を下げてくれるものです。つまり、やめれば元に戻る。それだけのことです。依存性があるわけでも、身体がクセになるわけでもありません。
しかし、ここからが大事なところです。
当院では「とりあえず薬を出しましょう」とはいたしません。まずは家で血圧を測っていただきます。朝と夜、1日2回。それを2週間ほど続けていただくだけで、その方の「本当の血圧」が見えてきます。
病院に来ると緊張して高く出る方は少なくありません。いわゆる白衣高血圧ですね。家で測ったら全然高くない・・・という方が、実はかなりいらっしゃいます。そういう方に薬を出す必要はありませんね。
逆に、すでにお薬を飲んでいて「ちょっと低すぎるかな」「ふらつくな」という方もいらっしゃいます。そういう方には、勇気を持って減らしてみましょう、とお話しします。薬は最小限がいい。これは私の一貫した考えです。
2025年のガイドラインは「全員130/80未満」と言います。ガイドラインの立場は理解できます。SPRINTやSTEPの結果を見れば、リスクの高い方にとって積極的な降圧に意味があることは、データが示しています。
しかし——と私は思うのです。
もともとリスクの低い方が5年間お薬を飲み続けても、恩恵を受けるのは1000人中14人です。残りの986人は、飲んでも飲まなくても結果は同じだった。
しかもコクランレビューは、SPRINTの結果を含めてなお「より低い目標が総死亡を減らすという十分な根拠はない」と結論づけています9)。軽症高血圧に至っては「薬物療法の利益は不明確」とまで言い切っています11)。ガイドラインとコクランレビューで結論が分かれている——このこと自体が、「全員に同じ治療が必要なわけではない」ことを物語っているのではないでしょうか。
テレビは「万が一の一」を強調して不安を煽ります。しかし、冷静にデータを見れば、全員に薬が必要というわけではないことがおわかりいただけると思います。
すでに心臓の病気や糖尿病のある方は、リスクが高い分、治療の恩恵が大きくなる可能性はあります。しかし、それでも最高リスクを除けば5年間のARRは2%前後ですし、コクランが指摘するように総死亡が減るかどうかは定かではありません。「飲むか飲まないか」を決めるのは、最終的にはご本人です。データをお見せしたうえで、ご自身がどうしたいかを一緒に考える——それが当院のやり方です。
一方、PARTAGE研究が示したように、高齢者——とくにフレイルの方や介護施設にいらっしゃる方——で薬を使って130未満に下げすぎると、かえって死亡率が上がるというデータもあります6)。ガイドライン自身も「個別に判断を」と書いてはいますが、現場で「130未満」という数字だけが一人歩きしてしまうのが心配です。
要は「必要な人に、必要な分だけ」ということです。
「必要のない薬は出さない」「やめられるものは相談してやめてみる」——これが当院の方針です。一度入ったらやめられないヤクザの世界みたいなことは、ありませんのでご安心ください。
「病は気から」と昔の人はよく言ったものです。数字に振り回されて不安になるよりも、まずは穏やかな気持ちで暮らしていただくこと。それが一番の血圧対策かもしれません。
血圧のことでご心配な方、お薬のことで迷っている方は、いつでも気軽にご相談ください。当院が全力でお手伝いします。
1) SPRINT Research Group. A Randomized Trial of Intensive versus Standard Blood-Pressure Control. N Engl J Med. 2015;373:2103-2116. doi:10.1056/NEJMoa1511939
2) Zhang W, Zhang S, Deng Y, et al. Trial of Intensive Blood-Pressure Control in Older Patients with Hypertension (STEP). N Engl J Med. 2021;385:1268-1279. doi:10.1056/NEJMoa2111437
3) Liu J, Li Y, Ge J, et al. Lowering systolic blood pressure to less than 120 mm Hg versus less than 140 mm Hg in patients with high cardiovascular risk with and without diabetes or previous stroke (ESPRIT). Lancet. 2024;404:245-255. doi:10.1016/S0140-6736(24)01028-6
4) Bi Y, Li M, Liu Y, et al. Intensive Blood-Pressure Control in Patients with Type 2 Diabetes (BPROAD). N Engl J Med. 2025;392:1155-1167. doi:10.1056/NEJMoa2412006
5) Sundström J, Arima H, Jackson R, et al. Blood pressure-lowering treatment based on cardiovascular risk: a meta-analysis of individual patient data (BPLTTC). Lancet. 2014;384:591-598. doi:10.1016/S0140-6736(14)61212-5
6) Benetos A, Labat C, Rossignol P, et al. Treatment With Multiple Blood Pressure Medications, Achieved Blood Pressure, and Mortality in Older Nursing Home Residents: The PARTAGE Study. JAMA Intern Med. 2015;175:989-995. doi:10.1001/jamainternmed.2015.0550
7) Jing B, Liu X, Graham LA, et al. Deprescribing of Antihypertensive Medications and Cognitive Function in Nursing Home Residents. JAMA Intern Med. 2024;184(11):1347-1355. doi:10.1001/jamainternmed.2024.4851
8) Williamson JD, Supiano MA, Applegate WB, et al. Intensive vs Standard Blood Pressure Control and Cardiovascular Disease Outcomes in Adults Aged ≥75 Years (SPRINT). JAMA. 2016;315:2673-2682. doi:10.1001/jama.2016.7050
9) Saiz LC, Gorricho J, Garjón J, et al. Blood pressure targets for the treatment of people with hypertension and cardiovascular disease. Cochrane Database Syst Rev. 2022;11:CD010315. doi:10.1002/14651858.CD010315.pub5
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