「健康」とは

2017年10月10日

質問;ためして○○、○○の健康、たけしの○○ などの健康番組を見た後、「自分の症状は○○病かもしれない」「もし○○病になったら大変だ」と不安になります

答え;365日毎日見たら365個の不安が発生し気が狂いそうになりますね。心配事はかかりつけ医に相談してください。信頼すべきは身近な医者のはずです。

質問;健康診断を毎年受けても不安です。半年に一度と増やしたほうが良いでしょうか?

答え;検診の回数を増やせば寿命が延びるというデータは残念ながらありません。健康診断は未来の予測にはならないです。今現時点が大丈夫という確認に過ぎないのです。

 

質問;健康食品やサプリは何を飲めば良いでしょうか?

答え;健康食品やサプリは医薬品としては「認められない効果の少ないまたは効果の不確かなもの」という定義です。宣伝文句を鵜呑みにしてそれさえ飲めば大丈夫というものは残念ながらないと思います。

質問;私の身体は健康(大丈夫)でしょうか?

答え;朝起きて、お腹が空いている。食事が美味しい。笑顔や幸福感などの日常生活が宜しければ健康です。些細なデータ異常や、病気におびえ、精神的にストレスを感じると逆効果です。自分の体調について考えていない時の方がかえって健康な時ではないかと思います

 

「院長のひとり言」

画像検査や血液検査の結果に固執するあまり日常生活のすばらしさを見失いがちにならないようにしたいところです。様々な病気を抱えながら生きていくうえで、朝の目覚めに聞く小鳥のさえずりや、食事の美味しさや、我が家の匂いとか、家族の顔とか、何気ない日常会話とか、趣味とか、やり残した仕事とか。それこそが健康的な生活と言っては言い過ぎに聞こえますか?

 

医療における信頼とは

2017年09月04日

あなたは医師にあなたの要望する検査の必要がないと言われたときそれを素直に受け入れられますか?

 

外来で;「頭が痛いのでMRI撮ってください」

医師の答え;あなたの頭の痛みでMRIを撮る必要はありませんよ

反応;① 違う病院に行き、またMRIを要望する。

反応;②「必要ないと言われて安心したわ」となるか

 

実際;病院の医師の思考回路として、診断としてはほぼ大丈夫だと思っていても患者さんの「MRIを撮ってほしい」という要望を優先することが多い。なぜなら万が一なにかがあった時の心配、病院の利益の問題、評判の問題(要望に反して撮らなかったことによる満足度の低下) 結果 患者対医師の信頼関係より利害関係の方が優先される。

 

質問;私の病気、健康、老化に対する不安を解消してくれるところはどこ?

答え;当院にはあります。検査の意味、治療の限界、健康とは何か、不安の源(死への恐怖)について話会いましょう。

 

終末期にさしかかると直面する問題があります。それは対医療に関して、検査や治療の比重が低くなり、医師や看護師への人間的なつながりの比重が高くなるという事です。今まで自分の事しか信用していない方の場合、元気な頃は自分の要望する検査なり治療なり自分の思うままにできてきたかもしれません。しかし終末期はそうはいきません。我々の声に耳を傾けていただければ幸いです。

 

 

医者の発言と本音

2017年08月07日

発言;とりあえずこの薬をだしておきますから・・飲んでみたら。

答え;現時点でどうしても必要とは思われないが、患者さんが薬を望んでいることが多いので、とりあえず 出しときますか・・・・・・という意味。必要は必ずしもないと思っている。

とりあえず検査をしましょう・・という場合も、この時期で診断がついていないので、何か検査で引っかかったらよいなと思っている。

 

発言;なんでこんなになるまでほっておいた・・・

答え;もし前に診てもらっていた医師がいる場合には「あてつけ」。いない場合には、あまりに症状がひどいので「手に負えない」と思っている、何しろ治せないかもしれないので誰かのせいにしたいと思っているときの発言。

 

発言;この薬のんでいないと死んじゃうよ

答え;脅して自分のところにつなぎとめておきたいときの発言。ちなみに「ではどの位の確率ですか?」と聞くと返事ができない。論文を見せて話してくれたらすばらしい。

 

発言;年のせいでしょ

答え;なかなか治らないので上手に病気と付き合っていってもらいた    いと思っている。以前はこの発言に世間は批判的であったが最近は容認されてきている気がする。

 

発言:寿命はあと3年です。

答え:特に根拠はない。1、2年だと短いし4年だと縁起が悪いし5年だと微妙に長い気がする。3という数字が心地よい・・その程度の根拠。

 

80歳代後半の女性。現在施設に入所中。車いす生活。食事以外の生活にほぼ介助が必要な患者さん。いわゆる認知症があるがニコニコ生活されている。某病院の先生が、骨を丈夫にする注射を半年に1回「絶対にしないとだめだ」と言うのでしている。私は「いつまでやるのですか?」と電話したら物凄い上の方から「絶対必要だ」と一蹴された。寝たきりになってもやるのかどうかまた聞いてみようと思う。

 

終末期の過ごし方

2017年07月07日

質問;まだ諦めたくないので緩和ケアは早いと思います。

答え;緩和ケアとは「痛みなどを緩和する(やわらげる)等、日常生活を快適に過ごすための治療」を言います。しかし治療の見込みのない人が受ける医療ではなくまさに治療中からも必要な医療です。

 

質問;食事量が減ったので心配です。なんとか食べさせる方法は?

答え;体が終末期に入ると「食べない」のは「食べたくても食べることが出来ない」のではなく「体が少ない食事量しか欲しない、または食べる事を欲しない体になった」と理解すべきです。そして自分の体の肉を消費していきます(異化作用)。ご家族的には食べてほしいと願う気持ちは理解できます。しかし「食え、食え」の声掛けは本人を苦しめます。

 

質問;点滴していただけますか?脱水になるのでは?

答え;この時期の点滴には罪の方が大きいです。点滴の栄養は身体が受け付けないばかりか癌に取られます。水分は浮腫みとなって身体全身にたまっていき、体を苦しめます。

質問;痩せていくのが見ていて辛いです。

答え;世間的には負のイメージですが、人間は自然な状態で過ごせば最後は必ず脱水(枯れていく)になります。脱水になると眠くなり、苦痛も軽減させます。より自然に逝くことができます。

 

ほぼ毎日と言っていいほどに新聞の広告欄には「○○で癌は治る・・・」という本が載っています。なんとかして治りたい、治したい、いろんな事を試すのはいいと思います。ただ余りにもいろんな事にしがみつくと大切な事を見失う気がします。「大切な事?」って意外と平凡な日常生活であったり身近な人や物とのふれあいだったりするのです。

 

 

よい「介護」とは「自立」とは?

2017年06月07日

「自立」とは自分以外の助けなしで、または支配を受けずに自分の力で物事をやっていくこと・・・。では「介護」とは何か?

 

質問;うちの爺さんは自分でトイレに行かないのでこちらでタイミングを見計らって連れて行っています。オムツにしたくないので24時間見守っているので夜も眠れません。

答え他力で立たせてトイレに連れて行く・・ことが「自立」なのか考えてほしいところです。常に見守って、気にかけてオムツにしないという事が「自立」につながらない気がします。

 

質問;自力で歩くのは転倒の危険があるため、両手で手引きして歩かせています。こちらが動かなければ動きません・・。

答え;自分の行きたい方向に自分で行く、つまり「自立」という本来の意味での自立した歩行かどうか考えてください。自走式の車いすに座ってもらい自分の行きたい方向に行くという方が「自立」していると思いませんか?

 

質問;毎食完食させることを目指して頑張っています(介護者の発言)

答え;技術(食べさせるという)はすばらしいと思います。しかし本来の介護の観点からすると被介護者の体調を見ながら調子が悪そうなときには減らすなり止めるということが必要な時があります。そういう目(被介護者の視点に立った)の方が大切かなと思います。

ついつい「自分でやってしまった方が早いから」と、なんでもかんでもやってあげてしまうことってありますよね。やられる方は100%受け身となり、そのうち自分でやらなくなります。「してあげたい」という気持ちができる介護者には多いと思いますが、やることによってかえって被介護者の能力を削いでしまうという現実もあります。係わり具合が難しい。できないことをそっと支え、できることをじっと見守る、これができればよいかなと思います。

 

血圧について;原因か結果か?

2017年05月07日

質問;頭が痛くて血圧を測ったら200もあります。ほかに症状はありません。頭が痛いのは血圧が高いせいですか?

答え;いいえ。ほとんどの場合は 頭が痛くなり⇒自律神経が興奮し⇒血圧が上昇する という具合です。

 

質問血圧を測ると1回目は高くて何回か測ると徐々に下がります。

答え;はい。それは正常の反応です。一番低い血圧がその時のあなたの血圧です。

 

質問;朝 起きて、トイレに行って、慌ただしく身支度して、血圧測ったら160もありました。心配です。

答え; 社会人の朝は大変です。社会という戦場に出かけていくために交感神経を興奮させていきます。その結果血圧が上がります。夜帰ってきて寝る前に、つまりリラックスした状態で血圧が下がっていれば安心です。1日中緊張状態にあること⇒血圧が上がったままの状態が将来の病気を引き起こします。

 

質問;血圧が高いと脳卒中や心筋梗塞になり易いといわれますが。

答え;血圧が高い状態のまま何年も過ぎると動脈硬化が進み上記の病気になる可能性があるということです。

 

ストレス⇒自律神経の興奮状態の持続⇒血圧上昇の持続⇒病気

 

デイサービスなどの介護施設で、利用者の血圧を測り、少しでも高いと「危ない」と騒ぎ、入浴もさせないそうだ。バスでの移動や様々なストレスなどで血圧が上がることは当然予測される。リラックスした環境にさせてあげれば下がることが多いのに・・と思ってしまうが慌ただしく忙しい介護施設での業務で「ゆっくりさせたら」などと言うと叱られそうです。血圧が高いと脅かされ当院に受診し、私が測って「大丈夫」といっても「風呂に入れないので降圧薬を下さい」と言う人が後を絶ちません・・・。

 

 

認知症(痴呆)肯定論

2017年04月07日

その1;こだわりが消える。好きだった趣味に興味がなくなる。

その心は;「この世に未練はない」と言うための準備期間です。プラスに見ていきましょう。「今日は何日、何曜日か」などと聞くよりも過去の美談に花を咲かせましょう。

 

その2一人で居ても飽きない

その心は; 周囲に無関心になるので自分の世界に入って、1日中忙しく誰かと会話したり仕事しているつもりになったり空想していることが多くなります。しかし逆に関係性が稀薄になることにより不安と孤独感が出ることがあります。その場合は人とのかかわりが必要です。デイサービス等を利用して安心を与えてください。

その3過度な精神的苦痛から解放される

その心は;癌や心臓病など、命に直結する病気を患っても過度な心配に陥ることがなく自然体で過ごすことが出来ます。過度な心配は病状を悪化させます。この過度な心配がないことで、特に終末期においては安楽に過ごすことが出来ます。

 

その4笑顔が素敵になる

その心は;一昔前は「恍惚の人」などと言われたように、なにか憑き物が取れたような、わだかまりが消えたような、現世の苦しみから解き放たれたような、そんな感じを受けます。たまにのぞかせる満点の笑顔に介護疲れが癒されることでしょう。

 

私、思いますのは、認知症という状態は、この世(この忙しい現代社会)からあの世(あるのなら)に行くための移行期に見られる現象ではないかと。なぜなら、突然にこの世から去るのは未練がたっぷり。少しずつ忘れていき、現代社会から離れ、いい思い出に耽り、ゆったりとした時間を過ごし、そして旅立つ。そう思えれば認知症に対しての見方が少し前向きになるのではと思う今日この頃です。

在宅医療において「覚悟」とは

2017年04月01日

発言;医師に「どこで死にたいですか」と言われて精神的ショックを受けました。癌を患って入退院を繰り返し10年です。「死ぬ覚悟はできていました」しかし希望に満ちた在宅医療を期待していたのに残念です。それから3ヶ月で亡くなりました。ある有名人(故人)の妻の発言の要約

 

質問;「どこで死にたいですか」は不適切な発言ですか?

答え;「死」について考えたことがない患者さんに唐突にこの発言をした場合はショックを受けるかもしれません。

 

質問;癌で入退院を繰り返している患者さんの場合はどうですか?

答え一度は考えていただいた方がよいと思います。現在日常生活が普通に行えていると思っている方も癌を患っている場合には、ある日を境に日に日に衰えが目立ってくる時期が必ずくるからです。その時どこで過ごしたいかは非常に重要な事です。住み慣れは自宅で過ごすことが一番よいのは勿論です。

 

質問;希望に満ちあふれた在宅医療とは何ですか?

答え;各専門医をそろえ、病院と同じよう医療(延命を目指し)が在宅でできるという希望だとしたらそれは幻想です。「希望に満ち溢れる」のは残り少ない在宅での日常生活を充実して過ごすという希望です。在宅医療は、その生活を心地よく過ごさせるために必要な医療を提供するということです。しかしそのためには「どこで死にたいですか」の質問は必ず必要です。「覚悟」とはそのことです。

在宅医療とは「生活を支える医療です」と言われて「なるほど」とは思えない。足りないものがあります。それは、自宅で過ごす人の終末期を見据えた、そして終末期に寄り添った、つまり同じ方向に寄り添った、はっきりいうと「死」を見据え、肯定し、徒な延命をしない、その時点時点での体に合わせた医療を提供すること、ちょっと長いですがこんな医療が在宅医療だと僕は思います。

 

 

在宅医療において「覚悟」とは

2017年03月07日

発言;医師に「どこで死にたいですか」と言われて精神的ショックを受けました。癌を患って入退院を繰り返し10年です。「死ぬ覚悟はできていました」しかし希望に満ちた在宅医療を期待していたのに残念です。それから3ヶ月で亡くなりました。ある有名人(故人)の妻の発言の要約

 

質問;「どこで死にたいですか」は不適切な発言ですか?

答え;「死」について考えたことがない患者さんに唐突にこの発言をした場合はショックを受けるかもしれません。

 

質問;癌で入退院を繰り返している患者さんの場合はどうですか?

答え一度は考えていただいた方がよいと思います。現在日常生活が普通に行えていると思っている方も癌を患っている場合には、ある日を境に日に日に衰えが目立ってくる時期が必ずくるからです。その時どこで過ごしたいかは非常に重要な事です。住み慣れは自宅で過ごすことが一番よいのは勿論です。

 

質問;希望に満ちあふれた在宅医療とは何ですか?

答え;各専門医をそろえ、病院と同じよう医療(延命を目指し)が在宅でできるという希望だとしたらそれは幻想です。「希望に満ち溢れる」のは残り少ない在宅での日常生活を充実して過ごすという希望です。在宅医療は、その生活を心地よく過ごさせるために必要な医療を提供するということです。しかしそのためには「どこで死にたいですか」の質問は必ず必要です。「覚悟」とはそのことです。

 

在宅医療とは「生活を支える医療です」と言われて「なるほど」とは思えない。足りないものがあります。それは、自宅で過ごす人の終末期を見据えた、そして終末期に寄り添った、つまり同じ方向に寄り添った、はっきりいうと「死」を見据え、肯定し、徒な延命をしない、その時点時点での体に合わせた医療を提供すること、ちょっと長いですがこんな医療が在宅医療だと僕は思います。

 

 

現在の思想から見える終末期

2017年02月08日

発言;早期発見早期治療を重んじています。小さい変化を見つけ早く治療し解決したい。

答え;この考えの行き着く先は過度な検査と、その検査結果に対する不安感にとりつかれ、日々の生活の充実感を見失いやすくなることです。終末期までこの考えが強いと自宅で安心して過ごせなくなる可能性が高いです。人生でもっと大事な事は、ごはんが美味しいとか楽しい一日だったとか、やりたいことがあるとかそんなことですよね。

 

発言;何か(死んでしまうような危険なこと)あったら心配です。

答え万人の心配事です。がしかしこの気持ちが強すぎる場合どうなるか? 精神安定剤を多用するようになります。病気に対する過度な不安は百害あって一利なしです。

 

発言;遺言として「もう治療の望みがない場合の延命は希望しません」

と書きました。「無理な延命を望みません」

答え;延命と一言に言っても引き際がとても難しいです。点滴でさえ延命になる場合が多々あります。体が死に向かい始めると全ての無理な延命は本人にとって苦痛だと言われています。本人が楽に安心して過ごせるような医療が良いと思います。

発言;住み慣れた自宅での看取りを希望します。

答え;当院にお任せください。痛みや不安なく、自宅で残された時間を有意義に過ごしていただけるよう支えて行きます。ノウハウは直接聞いてくださいね。

 

浅草生まれの熊さん。自称技術屋。昔でいう職人。食欲が低下してきたので検査したところ直腸がんの末期状態と診断された。ベッドで寝たきり、点滴治療していたが、引きちぎって強制退院となった。自宅に伺うと「俺はどこも悪くねえよ」と煙草をふかしながらゆったり・・・。トイレ歩行は奥様の介助、食事は水物を少量。ベッドに電気毛布でくるまれ「最新式の炬燵だ」と満足顔。粋な人だなあと感心しきりです。